人生後半戦の新おとな学 Ver.2

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人生後半戦の時間の使い方は自分で〇〇〇を決める

人生後半戦の時間の使い方は自分で〇〇〇を決める|新おとな学Ver.2

 

 

人生とは生きている期間ではなくどう生きるかである

 

人生とは生まれてから死ぬまでの期間、生きている期間である生涯という時間をどのように使うかが、すなわちどう生きるかということになります。 

 

時間は平等か?

「時間は平等に与えられている」という話を聞いたことがあると思います。この話の時間は平等の前に、お金は不平等という前提があります。持っているお金の量は違うけれども、持っている時間は同じだということでしょう。

千円の使い方

持っているお金の量は違っても、千円札は誰が持っていても千円の価値があります。ところが千円で3食を食べる人もいれば1食が千円でも足りない人もいます。これは千円という価値ではなく、千円札の使い方が違うのです。

1時間の使い方

時間も1時間という長さは誰もが同じでも、時間の使い方が違うだけなのです。1時間働いて千円稼ぐ人もいれば、1時間遊んで千円使う人もいます。同じ1時間でも収入と支出の差は2千円になり、時間当たりの金額の差は2倍も違うことになります。

同じ本を読んでも

同じ本を1時間読んでも、ある人は面白かったと言い、ある人は可もなく不可もなくと言い、また別の人は面白くなかったと言うかもしれません。同じ時間を使っても感じ方が異なるのは、本人の資質かもしれませんし、本が英語で書かれていのかもしれません。

時間をどう使うか

時間は平等に与えられているかどうかを考えるよりは、時間をどう使うかを考える方が時間を有効に使えるのではないでしょうか。

 

 

 

時間の使い方は2通りある

 

時間の使い方には2通りあります。1つはマイナスを埋める時間の使い方、もう1つはプラスを伸ばす時間の使い方です。

  

得意と不得意

中学時代に英語と数学という科目がありましたが、得意な科目はどちらだったでしょうか。英語が得意、数学が得意、両方とも得意、両方とも不得意という4つのパターンに分けられます。試験の時にはどちらの科目の勉強に力を入れましたか。

力を入れるのは

不得意な科目に力を入れて勉強する時間の使い方は、マイナスを埋める時間の使い方です。勉強の甲斐あって不得意な科目の試験結果は良かったのですが、得意な科目の試験結果はイマイチで、数学と英語の合計点は変わらないという結果もありえます。

総合的に考えると

試験の結果に限らず、時間の使い方は個別の結果ではなく総合的な結果で判断されますし、自分自身でも総合的な結果で時間の使い方が正しかったかどうかを判断するのではないでしょうか。もしかすると得意な科目に力を入れた方が総合点が良かったかもしれません。

適材適所という考え

実際に社会に出て働き始めると、不得意なことよりも得意なことを伸ばすように仕事を選ぶようになりますし、組織であれば適材適所という考えの下で人事配置が行われます。どちらが良いということではなく、2通りの考え方があるということです。

自分な得意なこと

ここで大切なことは適材適所の適材の「材」です。自分の得意なことは何かということを自分自身で知っていることです。

 

 

 

時間の区切りは必ずしも共通にする必要はない

 

時間には区切りがあります。時刻という1日の時間の区切りではなく、「1時間=60分」という区切りです。誰もが疑わずに使っている時間という区切りです。

 

江戸時代は2時間

江戸時代は1日(24時間)を十二支で表して12分割し、1つの区切りを一刻(いっとき=2時間)としました。さらに一刻を4つに分けて一刻・二刻・三刻・四刻(各30分)としました。ところが午前は日の出から、午後は日の入りまでと決めていたので春分と秋分の時期しか昼と夜の一刻の時間が同じではなかったのです。 

機械的な区切り

これは季節によって時刻と時間が変わる不定時法という考え方ですが、明治時代になって定時法に変わったのです。時計という機械的な区切りが可能になったからでしょう。世界標準に合わせるためには必要だったのです。

力を発揮する

ここで考えていただきたいのが「1日=24時間・1時間=60分」という区切りです。前述の数学と英語の話ではありませんが、総合的に最も力を発揮できる時間の使い方というのは必ずしも「1日=24時間・1時間=60分」という区切りではありません。

区切りを変える

学校での1時限の授業時間が必ずしも60分でないのと同じように、時間の区切りは時と場合によって自由に変えることができるのです。9時-5時(17時)で働くことが当たり前で、時差出勤やフレックスで働くことができても「1時間=60分」という区切りは共通です。

私の場合は2時間

少なくとも私の場合は、江戸時代のように時間の区切りが2時間単位で、さらに2時間を30分ごとに4つに分けた方が働きやすく力も発揮できると思ってます。

 

 

 

時間の区切りは個人差があった方がよい

 

共同作業作業をするときは共通の時刻表示と時間の区切りは必要ですが、個人に限れば時間の区切りは個人差があったほうがよいのではないでしょうか。

 

 最適な時間の区切りで

人生後半戦になるまでには、時間の区切りを「1時間=60分」として通学し、通勤してきたかもしれません。人生後半戦になったら自分の最適な時間の区切りを知ることが必要であり、可能であれば自分の力が発揮できる時間の区切りで活動することがよいと思います。

20歳と65歳の違い

20歳の人も65歳の人も同一の7時間労働というのは、体力的には最適化された働き方ではありません。仕事によっては20歳の人が早く終わる人もいますし、65歳の人が早く終わる場合もあります。仕事を時間で考えること自体が適していないのです。

力が発揮できる区切り

ただこの考え方を主張しても都合よく解釈されてしまいますので、少なくとも人生後半戦になったら、50歳を過ぎたら自分が力が発揮できる時間の区切りを持つことが必要です。仕事が終わっても終業時刻まで働く、仕事が終わらにのに終業時刻になったら帰るのでは時間の考え方を変えることから始めなければなりません。

働き方改革は

人生後半戦は体力・経験・スキルを考えると自ずと働く時間が少なくて済みますし、少ない方が集中して力を発揮できるのではないでしょうか。人生後半戦の働き方は改革とか革命という言葉を使っても解決するものではあいません。

共同は時間の共通化

自分の時間の使い方は自分で決めることから始まり、共同で作業するときはこの時間の使い方を全時間帯で共通化するのではなく、時間帯毎に共通化することで「協働」が可能になると思います。

 

自分で区切りを決めた自分時間を持つ

 人生後半戦で大切なことは「寿命」を考えると誰もが「平等の時間を持っている」とは言えません。時間の使い方次第で長さには換えられない生き方ができます。また時間の使い方次第では長く生きていただけにもなります。

長寿はリスクという考え方もありますが、常に時間の使い方次第です。自分にあった時間の使い方の区切りを見つけることから、人生後半戦は何倍も、と言いたいところですが、1.5倍くらいは有効に使えると思います。(つづく)