人生後半戦の新おとな学 Ver.2

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孤独は悪くはない、悪いのはXXX

孤独って悪いもんじゃない、悪いのはXXX|新おとな学 Ver.2

 

老後の「3K」のひとつに「孤独」がある。孤独から受けるイメージは「ひとり・さびしい」が多いだろう。孤独は老後だけに起きるものではない。老後の孤独が問題視されるのは「孤独死」という社会的な背景から生じているのではないだろうか。

 

 

孤独は自分の意思の反映である

 

人間は生まれてくるときも死ぬときもひとりである。双子、シャム双生児、、災害死、無理心中などもあるが、一個人として生まれ一個人として死んでいくことには変わりはない。

「個人」という言葉を使うと個人主義や全体主義・集団主義と比較して、孤独を個人の問題ととして扱うか、それとも集団の中の一員の問題として扱うかという議論になる。

そもそも孤独を「ひとり」として考えるか、「さびしい」と考えるかによって論点の食い違いが生じているのではないだろうか。

また「孤独」と「孤立」を同じ意味で考えているのではないかとも思う。孤独とは自分の意思の反映であり、孤立とは自分の意思に反して孤独になってしまうことである。

 

孤独が社会問題になる理由は

 

孤独が社会問題になる理由はいくつかある。子どもの間でも発生する「いじめ問題」は、相談する相手がいない、仲間はずれにされたくないという孤独感から生じるという考え方もある。

人口減少に起因する孤独を社会問題化して扱う考え方もある。孤独は子供を作る伴侶を見つけることができない原因となり、孤独になる原因は格差によるものだという考え方である。

老後になるとより端的に孤独死の問題として扱われる。家族がいないと老後の面倒を看る人がいない、ひいては臨終の間際、死んだ後の始末は誰が行うのかという問題である。

孤独を問題視するのであれば年齢は関係ない。孤独を「ひとり」と考えるか、「さびしい」と考えるか、自発的な孤独か、それとも自分の意思にに反する孤独かということになる。

 

 

 

自発的な孤独は自立を促す

 

孤独を英訳すると「solitude / loneliness」になる。solitudeがひとり、lonelinessがさびしいとなる。ポジティブな意味が前者で、ネガティブな意味が後者という考え方もある。

ポジティブな孤独とはどのようなことを意味するのだろうか。子どもから大人になるときに「一人前になる」という言い方がある。一人前とはすなわち一人でできることを意味する。

一人でできるとは自立するということであり孤立することではない。社会の中で他の人と協力しながらも自立して生きるためには、自分が一個人であることを認識する必要がある。

孤独は人間を成長させ自立を促すこともある。

 

他者との関係を断たれる孤立

 

孤独は自分との葛藤であるのに対し、孤立は他者との関係の葛藤である。自分は孤独になりたくないと思っても他者との関係が断たれることがある。

他者が意図的に断つこともあれば、たまたま偶然に断たれることもある。他者との関係とは物理的関係と精神的関係と難しく考えることはない。。

コミュニケーションができないことが孤立を生む大きな原因になることは周知のとおりだ。人間の主たるコミュニケーションは会話だが、会話以外にも方法はある。

同じ時間、同じ空間を共有することもコミュニケーションのひとつだ。一緒に食事をする、一緒に散歩をする、一緒に行動することもコミュニケーションとなる。

 

 孤独は悪くない、悪いのは孤立だ

 

老後に家族がいないと孤独だと考える必要はない。家族とは愛情を分かち合い、信頼し合う血縁者である。愛情を分かち合い、信頼し合うことができれば血縁者でなくてもよい。少なくとも夫婦が血縁者であることは極めて少ない。

家族がいなければさびしいとは限らないのである。さびしさは他者との関係から生まれるのである。その前に自立していなければさびしさは未熟さになりかねない。