人生後半戦の新おとな学 Ver.2

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人生後半戦のうまいとおいしい

人生後半戦のうまいとおいしい|新おとな学 Ver.2

 


人生後半戦になると自分の生活で許容できる範囲のものはほとんど食べつくしているに違いない。時間とお金と体が許せば食べたいものはあるかもしれないが、世界中の料理を食べるわけにもいかないし、高価な料理を食べ続けるわけにはいかない。人生後半戦は何を食べるべきなのだろうか・・。

 

 

何を食べるべきか、どのように食べるべきか

 

「健康のために何を食べるべきか」ということが気になるのなら、食に関する健康サイトはたくさんあり、専門家が詳しく書いているのでそちらを参考にしてほしい。
「食に関する健康サイト」で検索した結果はこちら https://goo.gl/duQce5

たいていの健康サイトでは、なぜその食べものが健康に良いのかが書かれている。また健康に悪い食べもの、健康に良い食べ方と悪い食べ方も書かれているはずだ。

健康を基準にして食べものを選ぶことは必要だが、少し食べるだけで健康に良いという食べものはむしろ危険だろう。一度に食べる量よりも継続して食べることが重要だ。

同じ食材を食べる続けるためには飽きないような調理方法・レシピに工夫が必要になる。そのためには知識も調理テクニックも身につけなければならない。

 

年をとると味付けが薄くなる?

 

健康に注意して人生後半戦に何を食べるきかを考えるのであれば、確実なことは自分が健康に悪いと信じているものを食べないことだ。

わかっているけどやめられない、というのは食べる量と時間の問題だろう。いつ食べても、少し食べても健康に悪いと思うならば口にしてはいけない。

人生後半戦になると残念ながら誰でも味覚が衰えてくる。衰え始める時期に個人差はあるが、肉体的な衰えのひとつであるので受け入れなければならない。

味覚が衰えると食べる楽しみがなくなる。また味覚の基準が変わり味付けが薄くなるという説もあるが、味覚が衰えたために濃い味にする人もいる。味が薄かろうと濃かろうと味を感じる味覚の幅が狭くなっていることには違いない。

 

 

 

味覚障害とおいしさは個人差が

 

味覚を感じる舌の味蕾は10日間で生まれ変わる。この生まれ変わりが順調に行われなくなると味覚が衰えてくる。ときには味覚障害となり、60歳以上になると増えてくるそうだ。

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味覚障害は亜鉛不足が原因で生じるという。だから亜鉛が含まれているものを食べよう、ということになる。亜鉛が多く含まれている牡蠣やレバーを積極的に食べても急激には治らない。

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味覚にも個人差はある。甘いものが好きな人もいれば、塩辛いものが好きな人もいる。味とは比較の問題であって、人それぞれ味覚の尺度は違うのだ。

「おいしい」という感覚も同じで個人差が大きい。甘いものが好きな人と塩辛いものが好きな人の感覚は違う。好き嫌いという嗜好は人生後半戦になるまでにはできあがっている。

 

美味しい・美味い・旨いの違い?

 

「味」を表すのに「美」をつけるのは日本くらいだろう。日本では食事に対して独特のマナーがある。「いただきます」に始まって「ごちそうさま」で終わるのは食事に対する感謝の気持ちが込められている。

さらに日本人独特の感性である食事を五感で感じるという特質が「美」という文字を食事につけるのであろう。決して芸術性が高いというではなく普段づかいの褒め言葉として「美味しい(おいしい)・美味い(うまい)」を使っている。

「美味しい」と「美味い」は話し言葉を書き言葉に当てはめたときに感覚として「美」という文字を両方につけたのだろう。日本人の美意識が高いということではなく表現の話である。

「旨い」の読みである「うまい」は「よい、すぐれている」いう意味があり、すなわちよい味、すぐれた味を評して使う。日本語の表現は難しいというのではなく、そのときどきに合わせて都合よく使っている柔軟性のある言語なのだ。

 

 

 

人生後半戦の食べもの

 

美味いと旨いの味の表現に差はない。人生後半戦になると「うまいもの」だけではなく健康にも注意し、また「うまい」と感じる味覚を衰えさせないことが一番である。

今まで食べた中で一番うまいものを思い出してほしい。人間は回数を重ねるにつれて感じ方が鈍くなる。同じものを食べても過去に食べたときと今食べたときでは過去のほうがうまいと記憶に残っているように思う。

同じものでも食べたときの状況によっても味が違う。「空腹は最高の調味料」と言われるし、また好きな人といっしょに食べるとさらにうまく感じる。

人生後半戦は何を食べるかも大切だが、どのような時に食べるか、どのような場所で食べるか、どのような条件で食べるかによってうまさがかわることを理解しなければならない。

 

巧いと上手いを食べものに求める

 

「うまい」の語源は「あまい」という説がある。甘いものが少なかったはるかむかしに、あまいがよい味を意味し、そこから転じたという説だ。

前述のとおり「うまい」が「よい、すぐれている」という意味で使うことによって、技術などが優れていることを「巧い」と書き、比較する時に上手下手と書くように「上手い」と書いてより優れていることを意味する。

食べることに関してもおいしいものを作るときには料理上手でなければならないし、また調理技術も優れていなければならない。現代のグルメは単に「うまいもの」ではなく巧いであり、上手いであることも含まれている。

「うまい」は味がよいという意味だけではなく、いろいろな意味が含んでいる言葉だと思う。それに比べて「おいしい」は「美し(いし)」という「好ましい」という意味の言葉が「いしい」になり、丁寧語として「おいしい」になったという女房詞(にょうぼうことば)だそうだ。
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おいしいものをおいしく食べる

 

体の健康によいもの食べるのは人生を通して同じである。人生とは食べる歴史でもある。いろいろなものを食べて好きなもの・嫌いなもの、おいしいもの・おいしくないものを経験を積むことによって自分の「おいしさ」を培っていく。

もうひとつ、食べる歴史で学ばなければならないのは「おいしいものをおいしく食べる」ということである。

(つづく)