人生後半戦の新おとな学 Ver.2

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人生後半戦の過去と未来、そして次世代に?

人生後半戦の過去と未来、そして次世代に?|新おとな学 Ver.2

 

 


人生後半戦の時期を表す言葉として、かつてはシルバー、今ではシニアというカタカナ言葉が通用している。一方で中高年・高齢者・老人という呼び方もある。特に「老人」という呼び方は、現在の社会環境では差別用語のような響きさえ感じるようになってきた。

 

強いものが弱いものを守る

 

子どもと老人は社会的弱者であるので社会が守らなければならないという暗黙の了解が日本にはある。社会的弱者は年々範囲を広げ、年齢による弱者ばかりではない。

強い者が弱い者を守るという考え方もある。「強い」の意味がかつては肉体的強さが際立っていたが、今では社会的弱者同様に年々範囲を広げ、強者と弱者との差が強調されてきている。

強者と弱者が存在する社会を格差社会と呼んでいるが、格差社会は近年に始まったことではなくいつの時代にも存在した。違うのは共存しているか否かである。

人生後半戦になると強者から弱者に棲み分けされるように感じてしまうのは、今までは強者が多く弱者が少なかったからであろう。少子高齢化の現在はどうだろうか。

参考:Wikipedia 社会的弱者 と 福祉

  

少子高齢化は本当だろうか

 

現在の人口割合は少子高齢化の文字通り、高齢者の人口が多く若年者の人口が少ないというのが一般的な認識だろう。ところが人口ピークは70代前半と40代後半にありいわゆる高齢者だけが多いのではなく中高年が多いのだ。

この状態は自然減によりピークが徐々に高齢者に偏っていく。人口推計によれば総人口は減少するが、なによりも減少するのは出生率であり、それ故の総人口の減少である。

ただし、ほぼ単一民族である日本人の減少であり、多民族国家の道を歩めば日本国籍を持つ総人口はある一定の割合で減少が止まる可能性もある。

現在、人生後半戦の域に入っている方々は、このような人口構造の変化で自分の身に起きることに頭を悩ませているかもしれない。いつか日本中に弱者で溢れてしまうのではないかという不安だ。

2020年人口構造 出典:国立社会保障・人口問題研究所

 2020年人口構造 出典:国立社会保障・人口問題研究所 http://www.ipss.go.jp

 

 

 

担ぐ側の人口と就業者人口は

 

人生後半戦の働き方と暮らし方にも大きく影響を与えるのがこれからの人口構造である。例えば高齢者に対する社会保障は、胴上げ型>騎馬戦型>肩車型に変わるという考え方がある。

一方で、就業者と非就業者の割合で考えれば大きな変化はないので、就業者を維持することが大切だという考え方もある。いずれにせよ働く者と働かない者の人口割合の比較でしかない。

前者は担ぐと担がれる側に分かれる。担ぐ側が人ではなく機械であっても良さそうに思うが、担がれる側が機械を否定したのではこの考え方は成り立たない。

後者の就業者と非就業者の割合であれば、就業者数を増やすことよりも生産性を高めたほうが現実的だろう。高齢就業者の生産性を高めるのが難しいのであればこの考え方も成り立たない。

参考:胴上げ型から肩車型社会の虚構(日医ニュース) 

  

AIとロボットを利用するには

 

人生後半戦を迎えたのであれば、担がれる側として自分の身を軽くすること、担ぐ側が人ではなくても理解を示すことも大切になる。いつまでも誰かが担いでくれるという作られたイメージのままでいてはいけない。

就業者数を増やすだけでは所得が上がり、さらに所得が社会保障に回るとは限らない。就業者数よりも就業者の能力をあげ生産性を高めるほうが効果が大きいように思う。

浪花節のリーダーシップ論よりも、科学的なリーダーシップ論よりも、AIやロボットをどのように組み合せて使うかというリードマネージャーの存在がこれからは必要になる。

同様に現場レベルでは、AIに指示されロボットと競争するという考え方ではなく、最終的にどの組合せが最適かをフィードバックする能力が必要になる。 

 

人生後半戦の働き方と暮らし方は軽薄短小?

 

人生後半戦は身は軽く、人間関係は薄く、介護は短く、暮らしは小さくとすべきだろう。働き方も過去を重んじる働き方よりも、未来を重んじる働き方に変えなけらばならない。

そのためには未来は過去の延長であるという考え方から、現在を変えなければ未来は変わらないという考え方が人生後半戦には必要になってくる。現状維持がいつまでも続くと考えてはいけないのだ。