人生後半戦の新おとな学 Ver.2

時間とお金 食事と睡眠 家族と独居 仕事と暮らし 学びと遊び

人生後半戦の少子高齢化対策 ~ 少子化の未来

人生後半戦の少子高齢化対策 ~ 少子化の未来|新おとな学 Ver.2

 

2018年10月1日の日本の総人口は約1億2644万人、このうち15歳未満が約12%、15-64歳が約60%、65歳以上が28%である。およそ30年後の2050年には、5歳未満が10.6%、15-64歳が51.7%、65歳以上が37.7%と予測されている。

 

 

今回参考にした主な資料

 

少子化対策よりも高齢化対策

 

冒頭のグラフは日本の人口推移と人口予測を表したグラフでよく目にする。通常は年齢が若いほうを下層に配置するはずだが、毎年発表されるグラフは年齢が高いほうを下層に配置させている。下から積み上げるほうが高齢化をアピールしやすいのだろう。意図的なグラフだ。

平成29年版高齢社会白書には下層に若い年齢を配置しているグラフが掲載されている。高齢社会白書としては珍しいグラフだ。このグラフを見ると15歳未満の層が年々押しつぶされていくように見える。

日本では高度経済成長期(1955年~1973年)まで工業化が進み、第一次産業から第二次産業への変換を遂げた。この過程で大家族から核家族へ、専業主婦、少子化傾向が定着した。出産後の生存率が高まり、乳幼児の発育環境も整い、出生率は1975年まで2.0を下回るようなことはなかった。

鉱業を含む第一次産業が機械化されるにつれて余剰人口は工業という第二次産業へと移った。人口の移動は少なくなり団地などの集合住宅で過密な環境での生活を余儀なくされてきた。

その結果、平均的家庭像は父親が外で働き、母親は家で主婦として、子どもは2人以下というイメージができあがった。

人生後半戦の少子高齢化対策 ~ 少子化の未来|新おとな学 Ver.2

 

少子化の原因は日本の産業政策

 

第二次産業が高度工業化が進むことによって発生した余剰人口が第二次産業から第三次産業へと移り、密集した住環境から郊外での生活環境へと変わっていった。子どもも郊外へ移動し学校が増えたのもこの時期である。

そして現在の産業構造は第三次産業も科学技術の発達により高度化が進み、既存の第三次産業と高度第三次産業の棲み分けが行われている。同時に産業の高度化の恩恵が受けられる都市部への人口集中が起き、過疎化地域と対極をなすようになった。

少子化は産業構造の変換における副産物であり、産業構造を変えなければ少子化対策自体も、少子化による産業の衰退も避けられないのである。

沖縄が少子化の例外となっているのは、高度経済成長期にはアメリカの統治下にあり日本の政策が行き渡らなかったことと、地理的な条件で少子化傾向に歯止めがかかったのだ。ただ沖縄でも子どもの未来を沖縄という限られた地域で吸収はできず、いずれ少子化の波が訪れるだろう。

 

 

 

人生後半戦の少子化対策を考える

 

最近では介護休暇と子育て休暇を制度化している企業が増えている。介護と子育てに直接関係のない場合や、中小零細企業・個人事業などはこれらの制度や政策とはあまり縁がない。むしろ溢れた仕事を引き受けざるを得なくなり、残業が増え過重労働になることも考えられる。

子育てや介護によって労働力の偏りが起こらないようにワークシェアをするには職場内の労働力が落ちないようすることが必要になる。

子育てを終えた世代にとっては介護という役割が増えるが、自らが要介護者にならないことで介護という役割を担わない人たちを増やすことができる。すなわち要介護にならないことで労働力を減らさないように努力はできる。

子育て休暇、ワークシェアの他にも、保育所の増設、地域の取組なども考えられているが、環境が整っても子どもが増えるとは限らない。子どもを生むことができるのは女性の特権であるし、子どもがいる家族という環境がベストとは限らなくなってきた。個人と当事者の意思が尊重される時代なのだ。

今後、子どもは両親の子どもであることはもちろん、祖父母や血縁家族の子どもであり、地域社会の子どもであり、日本という国の子どもだという考え方に変えて行かなければならないだろう。

 

子どもの未来を明るくするためには

 

子どもの教育にはいろいろな方法がある。「なにも学校ばかりが教育の方法ではない」ということでもない。学校教育が共に育てるという意味の「共育」であるならば、協力して育てるという意味の「協育」という考え方もできる。

過去の歴史や自分の経験を教えることも意義はあるが、それだけで子どもの未来を明るくすることにはならない。歴史は史実ではなく勝者の歴史でしかないし、また経験も個人的な体験であり標準的な経験ではない。今ではインターネットとという情報の宝庫があるので過去のことは調べれば精度はともかく情報を得ることができる。

子どもの未来を明るくするためには、未来でも役に立つ情報や経験でなければ昔ばなしと同じでしかない。学校での教育情報が「5」、口承による歴史や経験談が「1」、未来に役立つ情報が「4」というように割合を考えて協育を促すべきだろう。

未来に役立つ情報とは良い情報ばかりではなく悪い情報も教えるべきだ。もちろん未来なので予測の範囲(予想ではない)でということになるが、情報は正確に与える、もしくは正確な情報を得る方法を教えるべきだ。

 

子どもにとって明るい未来とはなんだろう

 

残念なことに子どもに与えられている情報は作られた情報であり、既存の社会にとって都合の良い情報である。子どもにとって良い情報とは限らない。

かつては間接的に得られる情報の主流は本(書籍)であった。現代は本(書籍)の他にインターネットという膨大な情報がある。その多くは日本語ではなく外国語であり、おそらくは英語の情報が最も多いだろう。

英語を子どもに教えることはもはや必須である。子どもにとって明るい未来のために必要な情報に「英語」が入ることは間違いない。このように何が必要かをひとつひとつ考えていけばよいのだ。

人生後半戦に入っても英語がわからないといって取り付く島もない人もいるが、それは少子化対策は自分とは関係ないと思っているに違いない。自分のためにではなく子どものために英語を学ぶと考えればよいだけなのだが。