人生後半戦の新おとな学 Ver.2

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人生後半戦は仕事が先か生活が先か

人生後半戦は仕事が先か生活が先か|新おとな学 Ver.2

 


「ワーク・ライフ・バランス」いう考え方自体は1980年代にアメリカで生まれたと言われている。日本ではバブル経済が終わった1990年代から働き方と暮らし方についてことあるごとに取り上げられてきたテーマだ。

 

 

人生後半戦のワーク・ライフ・バランス

 

ワーク・ライフ・バランスを日本語に直すと「仕事と生活の調和」と訳され、その意味で解釈されている。ワーク=仕事、ライフ=生活、バランス=調和となる。ライフ=生活は良いとして、他の2つは意図することはわかるが解釈に齟齬が生じる原因になってはいないだろうか。

日本語になっている「ワーク」は働く・作業と意味で使うことが多く、「仕事」には働くこと以外にも職業という意味で使うことが多い。例えば、主婦=家事が仕事というイメージがあるが、主婦は職業ではない。

また日本語では「バランス」は調和の意味よりも均衡の意味で使われることが多い。調和とはちょうどよいことであり、均衡とは偏りがない平衡の意味で使われる。均衡という言葉からイメージするのは半々であったり、つりあいである。

ワーク・ライフ・バランスとは仕事と生活の割合がちょうどよいことであり、時間的・経済的・人間関係など多様なバランスをちょうどよく取ることである。またバランスとは静止状態ではなく、常に動きながらバランスを取ることもある。

 

 

 

人生後半戦の仕事と生活

 

仕事と生活のどちらを優先するかは人によって、時と場合によって異なる。ひとりで仕事や生活をしている場合と会社などで仕事をしていたり、家族で生活している場合でも異なる。常にどちらかを優先し続けけなければならないということではない。

人生後半戦に入ったと気づくきっかけになるのが仕事での行き詰まり感がある。仕事上で行き詰まると年齢に関係なく生活へと逃げ込む。誰でも経験があることだ。ところが人生後半戦になると生活に逃げ込むことができづらくなる。

それは仕事=収入と生活=消費という違いや、人間関係においても仕事上の人間関係とは違う親子・夫婦・友人・恋人・近所付き合いという違いがある。これらの違いを想定せずに仕事から生活に逃げ込むと想定以外のことが起きるのは当たり前である。

 

 

 

人生前半戦と違うこと

 

人生後半戦の仕事と働き方は、人生前半戦と同じことと違うことがあることをまず理解しなければならない。同じことはわかりやすいので違うことだけピックアップしてみる。

まず身体的な面では、肉体的なパワーが落ちること、目や手先など感覚器官が鈍ること、記憶力や計算力という基本的な脳力が衰えてくることがある。いずれも加齢による身体的な衰えである。この衰えに対してどのように対処しているか、または準備しているだろうか。

次に時間とともに良くも悪くも経験が積み重なってしまうこと、新しいことに対する意欲が落ちること、そのために前例踏襲や既定路線という変化に対応する力た弱くなることがあげられる。精神的なリスク回避が優先してしまうことがあげられる。

 

 

 

仕事の目的と働く目的

 

仕事とは与えられてするものではないと血気盛んに言っていた人も、人生後半戦になると会社から与えられた仕事をこなすことが仕事だと思うようになってしまう。働くことも仕事の目的のために働くのではなく、生活のために働く変わってしまう。

もちろん生活ができなければ、仕事の目的がなんであれ働いて生活の糧を得るほうが重要である。仕事をすることと働くことは同じようであり、目的が違うのだ。仕事には仕事の目的があり、働くことには働く目的があるのだ。

人生後半戦になって仕事の目的と働く目的が同じになり、生活のために働くと言う人が増えてくる。現実にあった言い方ではあるが、これでは仕事の目的が社会貢献に通じることであっても、働いている人の目的意識は違ってしまう。

 

 

人生後半戦のしごとは、一生の仕事か、定年までの仕事か

 

人生後半戦は仕事の目的と働く目的をそれぞれ見直すことで、人生後半戦の働きがい、生きがいが見えてくる。

人生後半戦に携わる仕事が一生の仕事なのか、それとも定年までの仕事なのか、はたまた生活のための仕事すなわち生活のためにだけに働いているのかということになる。

本来は人生後半戦だけの課題ではないが、人生後半戦になったと思ったら考えて欲しい。仕事の目的なんだろう、働く目的はなんだろうと。