人生後半戦の新おとな学 Ver.3

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昭和を捨てよう(その1)

昭和を捨てよう(その1)シニア・テレビ・クーラー|新おとな学 Ver.2

 

「昭和を捨てよう」とは昭和を忘れようというのではない。昭和に作られたモノ・コトを、今の自分、これからの自分に必要でなければ思い切って捨ててしまおうということである。歴史や過去は変えられないが、今の自分を変えることで未来の自分は変えることができる。

 

 

#00 シニア

 

一般的に「シニア」とは高齢者という意味で使われている。高齢者は65歳以を指すことが多く、65歳を基準に高齢社会の進み具合が表される。一方で人生100年時代と言われて久しいが、人生100歳時代と考えれば高齢者の定義は50歳以上でもよいのではないかと思う。

 

昭和の時代からシニアという言葉は使われていた。年寄りをシルバーと呼ぶようになり、シルバーと呼ばれた人たちが更に年を取ると新たにシニアという呼び方が生まれた。現在ではシルバーという呼び方はしないし、シニアもシルバーも分類用語でしかない。

 

シニアが何歳からからという定義はなく、またシニアでない人をジュニアとも呼ばない。人生100年時代(100歳時代)なら中間点である50歳を過ぎたら皆シニアでよいと当ブログ「新おとな学」では考えている。なんでも二分するのは好きではないが、シニアに関しては「人生後半戦を迎えた人」という意味で使うことにする。

 

もっとも人生を何歳までと考えるかは人それぞれだ。
ちなみに2018年10月1日現在の統計では中央値(中間の年齢)は47歳となる。

#00 シニア=高齢者ではない、シニアとは人生後半戦を迎えた人

 

 

#01 テレビ

 

「1950年代後半、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目が『三種の神器』として喧伝された(Wikipedia)」
「昭和を捨てる」の最初はテレビである。テレビというよりはテレビ番組を見るのを止めようということで、テレビ番組を見る時間を減らそうというのが正しい。

テレビはハード(機械)とソフト(番組)で成り立っている。テレビばかり見ているとバカになるよと子供の頃に言われたが、今となっては強ち間違いではない気がする。テレビ番組を見ていると似たような番組や論調が多いので、頭の中がテレビ番組に洗脳されてしまうということであれば言い得てる。

 

テレビのハード自体は多機能になって、衛星放送・有線放送(ケーブルテレビ)・インターネットまで映し出される。ときには災害時の緊急放送や緊急通知まで自動的に流されるのだから、ハード自体は不要とは言えない。問題はテレビ番組であって、娯楽というよりもコマーシャルの垂れ流しのような番組もある。

 

2018年の調査では60代の90%がリアルタイムででテレビを見ている。(ガベージニュース)
テレビを点けていないと不安だという人もいるが、テレビ以外のことに関心がなくなっているのではないだろうか。

#01 テレビ番組は選んで見ればよい、見もしないテレビを点ける必要はない

 

 

#02 クーラー

 

「1960年代半ばのいざなぎ景気時代には、カラーテレビ (Color television)・クーラー (Cooler)・自動車 (Car) の3種類の耐久消費財が新・三種の神器として喧伝された(Wikipedia)」
クーラーとは今ではエアコンという呼び方が標準的に使われている。冷房だけではなく冷暖房で使われる機器が増えてきからだろう。私が住んでいる北海道ではクーラーは必要なく扇風機で十分だったろうし、今でも家庭でエアコンの冷房を入れる機会はほぼない。

 

地球温暖化と盛んに言われてはいるが、ほとんどのエアコンは室内の温度を下げる一方で外気の温度を上げる仕組みになっている。これには異説もあるが、エアコンの室外機の側に行くと生暖かい風が吹き付けてくるのがわかるだろう。室内は快適でも地球温暖化は室内で置くているのではない、室外で起きているのだ。

 

日本では水と空気が無料という考え方が長らくあったが、現在ではペットボトルで水を飲む人も多いし浄水器を付けている家庭も多い。空気はというと空気清浄機がある家庭も多くなってきたし、機械的に温度調整を行って快適な室温を保っている家庭がほとんどだろう。水も空気(温度)も無料ではなく有料なのだ。

 

気象庁の資料によれば日本の平均気温は年々上昇傾向にある。原因は多々あると思われるが、機械的な冷暖房も温度上昇の一因になっているのではないだろうか。

#02 クーラー(エアコン)の使用し過ぎは地球温暖化、ひいては自然破壊となる

 


シニア・テレビ・エアコンを捨てよう

 

シニアを捨てるのではない、それでは姥捨山になってしまう。「シニア=高齢者」という考え方を捨て、シニアは人生後半戦を迎えた人という意味で使う。もちろんシニア=上級(国民)という意味でもない。

 

テレビというハードを捨てるのではない、テレビをリアルタイムで見る時間を捨てる。テレビはディスプレイに過ぎない、テレビの向こう側を無造作に見てはいけない。娯楽とは別に群集心理を巧みに操ろうとしているのかもしれない。

 

エアコンを捨てて熱中症になっては元も子もない。エアコンに頼りすぎる生活を捨てよう。便利さとはなにかを犠牲にしていることを忘れてはならない。