人生後半戦の新おとな学 Ver.3

時間とお金 食事と睡眠 家族と独居 働き方と暮らし方 学び方と遊び方

コロナのこっち側と向こう側

コロナのこっち側と向こう側|新おとな学 Ver.2 snias.com

 

 

人生後半戦の新おとな学には3つのテーマがあります。1つめは「お金と時間」で老後の資金と自由な時間と考えがちですが、そればかりではありません。2つめの「食事と睡眠」はグルメな食事から健康な食事へと変わり、睡眠不足の生活から開放されるのが人生後半戦です。3つめは「家族と独居」です。子供が独立し両親の介護と自分たちの老後を考えてしまうと孤独な生活がちらほら見え隠れしてきます。

 

この3つのテーマについて、今までの人生後半戦の生き方から、これからの人生後半戦の生き方はどう変わっていくのかを考えるのがこのブログのテーマであり、私自身の生き方であり、そして同じ時代を生きる人々に語りかけるつもりでこのブログを始めました。その後の紆余曲折、やっと落ち着いてきたと思ったら心臓を患い、療養生活が終わったと思ったら新型コロナウィルス禍に見舞われて自宅で過ごすことを余儀なくされています。

 

人生後半戦を迎えた時に一度リセットしましたが、コロナでもう一度リセットしたいと思います。

 

 

 

お金と時間

 

人生後半戦の「お金」は、定年退職と年金受給の年齢が延びたことに端を発し、高齢者の働き方、言いかえれば高齢者が働く労働環境が当たり前になり経済への影響が出始めました。もし「高齢者が働くことが経済に影響が出るのか」という問いがあれば迷わず「はい」と答えるでしょう。今の社会制度構造は高齢者が働かないことを前提に作られています。制度構造の変更を行なわなければ労働の結果としての経済への影響が出るのは当然でしょう。

 

かつては経済発展は「人力×人数」という式で成り立ちました。マンパワー(人力)が多ければ多いほど可処分所得が増え、同時に可処分時間が増えました。可処分所得の余剰がある時代は定年後は可処分時間として考えることができました。マンパワーは人数という多さではなく、マンパワーの大きさである「質」が要求されるようになると可処分所得にも差が出るようになりました。これが所得格差です。ところが定年後の可処分時間には格差がなく2000万円問題として浮き出てきたのです。

 

コロナ前は社会制度構造を変えることは拒まれていました。従来の社会制度で格差を謳歌してきた人たちにとっては変化を望むはずもありません。変化はコロナによって突然と訪れました。経済的格差も時間的格差も関係なく平等にコロナに感染するリスクがあることを目の当たりにすることになったのです。外出が制約を受けることでアナログ的な経済活動は低迷し、よりデジタルに近い経済活動が必要になったのです。

 

コロナ後に変わる世界の予想は様々ですが、変わらないこともあります。コロナ後は多くのことが直接接触なしに行なわれるようになるでしょう。人間は自分の生身の体の延長として道具を使います。道具は直接対象物に触れるのではなく、道具を媒介にして接触します。この道具が変わったことがコロナで実感したのではないでしょうか。感染予防には効果がないマスクですが直接空気に触れないということでは同じです。

 

お金も時間もそれらを扱う道具が変わります。人生後半戦になって新しい道具を使うことは難しいとは思いますが、これから使われる道具を認めなければ社会活動には参加できないでしょう。そして道具の変化を認めることは社会制度構造の変化も認めなければならないのです。

 

 

 

食事と睡眠

 

かつて飽食の時代と言われた80年代バブル全盛期を懐かしんでいる人生後半戦の方も多いと思います。またグルメブーム、ふるさと納税ブームで、さらに美味しいものを食べることができるようになりました。食事とは栄養さえあれば生きていいける時代から、多くの人が味を選ぶ時代に変わったのです。そしてコロナ、一時的かもしれませんが美味しいものから免疫力を高めるものに変わりつつあります。

 

健康の基準は人によっていろいろあります。詰まるところ自分が健康だと思っていれば健康であるという雰囲気で感じるしかありません。病気が疾病と異なるのは病のような気がするという意味であって疾病を患うとは異なるのと同じです。コロナによってはっきりわっかったことはいくら健康だと自他ともに認める人でもウィルスには平等に感染するということです。

 

ウィルスへの抵抗力を免疫力とするならば、免疫力を高めるためには食事の他に重要な睡眠があります。睡眠中に増える成長ホルモンが傷んだ細胞の修復と疲労回復に大きな役割を果たしていると考えられています。この時期にぐっすり眠れない、朝起きた時に疲労感が残っている場合は免疫力が落ちているかもしれません。

 

免疫力は抵抗力だけでなく抗体を持つことによっても身に付けることができます。抗体を含むワクチンが作られるまでは食事と睡眠については健康第一、免疫力第一で考えたいものです。人生後半戦になっても若いころと同じような量の食事、睡眠の時間では免疫力は高まりません。コロナ前とコロナ後では食事と睡眠の質への欲求が高まるでしょう。

 

ただし、コロナ前とコロナ後の食事と睡眠の質自体は変わりはなく、良質の食材と睡眠という習慣の繰り返しに注意をはかるようになります。食べるものは変わらなくても産地や調理法にこだわったり、睡眠時間だけではなくすっきりした目覚めの快感を求めるようになるでしょう。

 

食事と睡眠という行為は変わらなくても目的と手段が変わる、これがコロナ前とコロナ後の違いになると思います。

 

 

 

家族と独居

 

コロナで変わった生活環境は外出の自粛と同時に自宅での生活です。最近では自宅で過ごす時間よりも自宅以外で過ごす時間が多くなってきました。自宅に多くの物をそろえるより、物のある場所で過ごした方が快適に過ごせるのはサービスが付くからです。自宅では「物」だけであっても外出先では「物+サービス」を得られるからです。

 

現代では家族間でサービスの授受は少なくなってきています。人生後半戦の「家族と独居」の話になると介護や相続などの問題になりがちか、そもそも「家族」とはという本質的な問題としてしまいがちです。コロナで在宅勤務、在宅学習、在宅介護などコロナ前とは違う生活を送る人も多かったでしょう。これが本来の形かというとそうとは限りません。

 

家族との距離感は長い時間をかけて変わってきました、と言うよりは長い時間をかけて多くの形態が増えてきました。家族の形態は平均的な形態はなくそれぞれの形態があると考える方が自然です。夫婦二人子供二人、ときに祖父母が加わるという家族の形態、みんなで夕食を一緒に食べるという生活が現代の日本では平均ではありません。むしろひとり暮らしの独居のほうが多いのです。

 

コロナ前は適齢期の非婚問題と高齢者の独居問題が取りあげられていました。コロナで影響を受けたのは家族と同居している人であって、ひとり暮らしの独居者ではなかったのです。家族と同居している人でも時間単位に分けて考えるとひとりで過ごす時間が確保されていたのではないでしょうか。家族とは精神的なつながりであり、独居とは物理的なつながりと考えることもできます。

 

コロナ前は平均的な家族という幻想をどこかに抱いていても、コロナ後はなにもなかったように戻ることはないでしょう。会社や学校が自分の居場所ではなく、自宅が自分の居場所であることを再認識すると同時に、家族とのつながり方もアナログ的なつながりよりも距離があっても精神的なつながりを再認識することのほうが大切だと思います。

 

 

 

コロナのこっち側と向こう側

 

現在はコロナの真っただ中です。コロナ前に考えていた人生後半戦の生き方は奇しくもコロナ後の働き方・暮らし方・生き方と共通することが多々ありました。

 

心臓を患ってからは、自分に残された時間を意識するようになり、お金よりも時間を大切にするようになりました。お金は単なる数字、現物として使うときはデジタルで支払いができればよいという考えです。

 

食事は自宅では健康第一、美味しいものは外食でときどきしか食べません。睡眠時間も6時間半、ぐっすり眠れるように睡眠のはじめを一日のはじめとして考えるようになりました。ゆっくり食べゆったり眠ることを心がけています。

 

家族とは別居してLINEで会話、情報交換をしています。ときどき食べる美味しい食事は家族といっしょです。家族も同じように考えることができなければ、どちらかにストレスがたまってしまいます。なので長い時間をかけて今の形態にしてきました。

 

このような生活ができるようになったのも自分が使う道具を変えてきたからです。電話からスマホへ、お金からデジタルでの支払いへ、というようにです。人間は道具を使うだけではなく、道具を発明し進化させることに長けています。新しい道具を使うことに抵抗を感じることはありません。

 


コロナは人生後半戦の生き方を変えるきっかけになる人もいるでしょう。コロナ前に戻ることはありえません。コロナ後は新しい世界が待っているのではなく、コロナでも変わらなかったモノ・コトを活かして生きていくことが大切です。ということはコロナ前にすでに身に付けていた人にとっては大きな影響はないということです。

 

道具を使う使わないよりも自分自身が生き残ること、家族が生き残ることを多くの人が考えれば世界が破滅することは避けられると考えています。ただし道具を使ったほうが生き残る確率が高くなると分かればどうでしょうか。マスクを身に着けるのと同じように進化した道具も身に着けてみてはどうでしょうか。

 

ただし、コロナ前のこっち側を望んでいる人は、コロナ後の向こう側には渡れないでしょう。