人生後半戦の新おとな学 Ver.3

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人生後半戦は家族と暮らすべきか、ひとり暮らしをするべきか

人生後半戦は家族と暮らすべきか、ひとり暮らしをするべきか|新おとな学Ver.3 snias.com

 

 

 

家族とは暮らしを共にしている血族?

 

人生後半戦になって見直さなければならないことに人間関係があります。人間関係は自分の過去を象徴するものですし、過去に生じた人間関係を変えることはできません。なかでも家族という人間関係は生まれてから死ぬまで、もしくは生まれる前から死んだ後まで続く人間関係です。

家族という単位は婚姻によってもたらされる関係で、法律では親族と姻族を親等をもって決められています。この他に婚姻関係がない場合でも血縁関係がある場合は家族関係となりますし、事実婚という関係や同性婚という家族関係もあります。

家族・親族・姻族・血族は、「族」と付くように血のつながりを元にした集団を表す表現です。一夫多妻制の国では家族の人数がとてつもない数になります。また核家族の進んだ国では、ひとり暮らしという人も多く、一世帯一家族というような概念では計りきれません。

 

 

 

 

核家族とひとり暮らし(単独世帯)

 

日本で第1回国勢調査が行われた今から100年前の1920年には核家族率55%、単独世帯率が6.6%となっていたそうです(Wikipediaより)。2019年の「令和元年版高齢社会白書」には1980年から2017年まで家族構成がわかるグラフが掲載されています。 

65歳以上の者のいる世帯数及び構成割合(世帯構造別)と全世帯に占める65歳以上の者がいる世帯の割合|令和元年高齢社会白書

このグラフによれば1980年全世帯数が850万世帯が2017年には2380万世帯に増えています。1980年の総人口が1億17百万人、2017年の総人口1億27百万人ですので人口増加の割合よりも世帯数の増加がはるかに大きいのがわかります。

三世代世帯が減少し、増加したのは

その原因となるのが1980年には三世代世帯が50%だったのが、2017年には11%まで減少し、単独世帯、夫婦のみの世帯、親と未婚の子のみの世帯の割合がそれぞれ倍増したことによるものです。こうなると核家族が流行語になった1960年代とは家族構成も家族の意味も変わっています。

特に令和元年版高齢社会白書によれば65歳以上の一人暮らしの世帯は1980年の88万世帯から、2017年には約10倍の841万世帯になっています。これだけを見てもすでに「家族は一緒に暮らす」という同居の概念は過去のものとなっていることがわかります。

 

 

 

家族社会と共同社会(共同体)

 

前述の第1回国勢調査(1920年)が行われた大正時代には「人生50年」と言われ、「核家族」が流行語になった1960年代の平均寿命は男性が60代後半、女性が70代前半になりました。1980年には男性が73歳、女性が78歳に平均寿命が延び、2018年には男性が81歳、女性が87歳になっています。

(参考)平均寿命の推移(厚生労働省)

    日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる(ガベージニュース)

 

こうなると人口構造も大きく変わります。1920年には56百万だっが人口が2015年には1億27百万に増えました。1920年と2010年の国勢調査を比較した興味深いレポートによると冒頭に次のように書かれています。

  • 人口は約2.3倍
  • 世帯数は約4.6倍
  • 1世帯あたりの人員は約2分の1
  • 合計特殊出生率は約4分の1
  • 平均寿命は約2倍となっています。

時代は大きく変わっているのに家族社会は変わったのか

これだけ社会構造が変わっているにも関わらず、家族という最小の社会は変わっていません。働き手で稼ぎ頭の父親を中心とした家族関係が現代まで維持されています。実際に男女平等が叫ばれたのが1945年の女性参政権、1985年の男女雇用異界均等法ですので、そろそろ次の社会構造が変わる気がします。

例えば男女平等ではなく男女公平やSDG's のような社会変化が行われるのではないでしょうか。社会構造の変化が起きれば共同社会(共同体)のあり方の見直しも行わなければなりません。戦後昭和の社会、平成の社会からさらにパラダイムシフトが起きるような気がしています。

日本の「人口ピラミッド」の特徴は何か?|総務省統計局
出典:統計Today No.114(総務省統計局)
※赤線(1920年)・青線(2015年)は筆者加筆

 

 

 

核家族から世代交代へ

 

「家族が一緒に暮らす」という社会は、社会の縮図を家庭に持ち込むことになります。人口構造を始めとした社会の変化は家庭にも及ぶことになりますので、いつまでも家族が一緒に暮らすという形態は続きません。現に一緒に暮らしていても活動する時間が場所が異なれば一緒に暮らしている意義は薄れます。

三世代家族から親子同居という二世代家族に代わった先には自ずとひとり暮らし(独居)という暮らし方に移行します。そしてひとり暮らしが増えれば増えるほど対面で交流するアナログの共同体は廃れ、対面の交流が少なくなり媒体を通した交流が増えてきます。これが昨今のSNSが定着した理由のひとつでしょう。

パラダイムシフトまで待てない

そうなると2つのパラダイムが1つの社会の中に混在するようになります。この社会の溝は政治や行政、法律で収まるものではありません。自分自身がどちらのパラダイムに沿って生きていくかという選択になります。アナログかデジタルかということだけでなく、家族と暮らすかひとりで暮らすかというような選択も含めてです。

パラダイムの境界は古い世代と新しい世代という時間軸で考えるとわかりやすいので「人生後半戦」と50歳を境にして感がていますが、年齢という時間軸だけではなく、頭の中が新しいか古いか、過去を見て生きていくか未来を見て行くかの違いです。パラダイムシフトまで待つことはできません。

 

 

 

自分で選択した社会で生きていく

 

いつの時代でも自分が選択した社会で生きている人がいます。まわりに同調しない生き方がカッコイイという見方もできますが、カッコよさが長続きする人だけが自分が選択した社会という世界観を持っています。

 

人生をひと括りにすると改革だ革命だと言いたくなりますが、人生は前半戦と後半戦の二度あると思えば、人生後半戦は違った社会、パラダイムで生きていく選択すべきでしょう。もちろん人それぞれの選択がありますので、過去を見ながら同じ社会で生きていくことを否定するものではありません。

 

人生後半戦を迎えて今までの延長線でこれからも生きていくことを選択するのであれば、人生前半戦の人たちとは違った社会で生きていくことになります。人生後半戦の最終段階では一人暮らしか施設暮らしの人が多くなります。

 

そのときに人生前半戦の世代の力を借りることはできない、経済的にも社会的にも力を借りることはできないことを付け加えておきます。人生前半戦は未来を見て暮らし、人生後半戦は過去を見て暮らしているという違いから生じるからです。この世界観の違いはこれから30年は続くかもしれません。