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それでいいのか、新型コロナ後の超々高齢社会

超々高齢社会の問題の本質それでいいのか、新型コロナ後の超々高齢社会|新おとな学Ver.3 snias.com

   

 

5年毎に行われる国勢調査が今年2020年9月から10月にかけて行われます。前回の2015年より全国でインターネットによる回答が可能になりました。5年間で日本の人口を基にした社会構造はどのように変わったのでしょうか。特に社会の高齢化がどのくらい進んだかが気になります。

 

 

高齢者と超々高齢社会の関係

 

高齢社会は総人口に占める65歳以上の人口の割合で決まります。総務省統計局発表の人口推計2020年6月報(6/22)では、総人口が1億2598万8千人、65歳以上の人口が 3592万8千人となっています。高齢化率は28.5% となり、7%刻みの高齢化率では次のステップに突入しています。 

  • 7%以上 高齢化社会
  • 14%以上 高齢社会
  • 21%以上 超高齢社会
  • 28%以上 (超々高齢社会)

 

https://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/202006.pdf

 

超々高齢社会が到来したと言っても自分がふだん暮らしている状況で実感はあるでしょうか。前回の2015年の国勢調査を基にして比較してみたいと思います。2015年時点では高齢化率は27.4%で超高齢社会になんとか留まっていました。

 

全国平均は27.4%でも実際に高齢社会への対策を行う自治体単位では状況が異なります。2015年時点で最も高齢化率の高い都道府県は秋田県(33.8%)、続いて高知県(32.8%)となっています。さらに秋田県内の市町村単位では上小阿仁村が52.9%(人口 2098人)となり、単純に全国平均との乖離がかなり大きくなっています。

 

2015年国勢調査結果 主要統計表(PDF)

 

 

ちなみに東京都の高齢化率は令和2年(2020年)1月現在で23.4%となっていますが、郡部と島嶼部を除く地区では青梅市が30.6%の高齢化率となっており、実際に高齢化対策を行う自治体単位では高齢化率が一様ではないこと都市部でも生じていることがわかります。

 

令和元年版(2019年)の「高齢社会白書」には2015年から2045年までの高齢化率の予測が掲載されています。2045には東京都区部と政令指定都市を含む大都市での高齢化率は2015年を基準にした場合の1.3倍になり、全国では総人口1憶642万人、高齢化率36.8%と予測されています。

 

65歳以上の人口指数
都市規模別にみた65歳以上人口指数

 

これからが超々高齢社会となり高齢社会対策を実感として感じることになるでしょう。

 

 

 

高齢者対策が行われている実感はあるか

 

このままでは日本は高齢化で経済を始めたとした国力が衰えてしまうという論説は多々あります。実際には国力が衰えることよりも高齢者は介護の現状維持を、次期高齢者である中高年は介護よりも老後資金を、そして中高年に至っていない若年層は現実味が乏しいのかもしれません。

 

1995年(平成7年)に高齢社会対策基本法が成立し、施行されてから25年が経っています。毎年発行される「高齢社会白書」で高齢社会への対策が報告されています。その中の「総合的な推進のための取組」では5つの施策が掲げられています。

  1. 社会保障と税の一体改革について
  2. 一億総活躍社会の実現に向けて
  3. 働き方改革の実現に向けて
  4. 全世代型社会保障制度の実現に向けて
  5. ユニバーサル社会の実現に向けて

  

これらは医療・介護・年金を含めた高齢者対策の資金全般と、高齢者対策を誰が行うかということが書かれています。さらに次節では高齢者対策の実施の状況が報告されています。こちらは高齢者だけではなく社会全体とのバランスを考えての実施状況となてっています。

  1. 就業・所得
  2. 健康・福祉
  3. 学習・社会参加
  4. 生活環境
  5. 研究開発・国際社会への貢献等

 第1節 高齢社会対策の基本的枠組み(5)5 総合的な推進のための取組

 

「高齢社会白書」は毎年7月末日に発行されます。令和元年度(平成31年度)は平成30年度の報告であり、実施の状況においては一部平成29年度の報告になっています。国の施策は即効性のあるものではなくゆっくりじっくり進められますので、実際に身の回りで感じる高齢社会への対策とは異なっているかもしれません。

 

「高齢社会白書」を読む限りでは「高齢者の、高齢者による、高齢者のための高齢社会対策」と感じます。過去からずっと引きずっている法令に従った仕組みを守らなければならないのでしょうか。働き方改革よりも先に高齢社会革命でも起こさなければ根本的な対策にはなりません。

 

令和2年度の高齢社会白書は新型コロナを考慮した感染症対策も加わるでしょう。どのような白書になるか注視していきたいと思います。

 

 

 

3つの高齢社会対策とは


高齢社会対策を行うには、要員(ヒト)と資金(カネ)が必要になります。高齢社会の問題点はすでに考察されている通りで大きく3つあり、「公的資金・個人資金・人的資源」な大きな問題となっています。


高齢社会に対応した業種・業務は経済的には内需に直結します。外国人労働者を介護の現場に採用する取り組みも行われていますが、外国人労働者も自国での介護が必要になれば採用もままなりません。何よりも文化の違いは高齢者には(当事者同士にもよりますが)受け入れ難いでしょう。

 

日本は貿易立国と言われてきましたが、貿易額は大きくても輸出依存度は高くなく内需経済の国です。高齢社会での内需は高齢消費者の需要の割合が高まる一方で、高齢者は供給側としての生産者にはならず経済に寄与しずらいのが高齢社会の仕組みです。

 

継続雇用制度も浸透し60歳定年はなくなりました。一方で60歳以降の就業環境は60歳以前の就業環境とは異なりますし所得も減少します。60歳以降の就業者もフルタイム労働ではなくゆとりのある労働を望むようになっています。そのような高齢の労働者が増加しても経済力は上がりません。

 

過去の経験が未来に貢献していたのは時代の変化のスピードが人間の目で追えたころの話です。現在のように高速通信によって変化のスピードは人間の目では追えなくなりました。IT(ICT)を理解し、利用できない人は経済に貢献する労働者には成りえなくなってきています。

 

公的資金を増やすには

 

公的資金を使わないという緊縮財政ではなく、公的資金を使わなくてもよい社会づくりのために公的資金を使うべきだと思います。高齢社会で増え続ける高齢者に公的資金を使うのではなく、高齢社会を支えている生産年齢人口または労働力人口に公的資金を投入すべきでしょう。

 

個人的資金による格差

 

過去の資金調達(賃金・投資・相続など)の結果として個人資金に差が生じるのは認めなければなりません。過去は変えられませんが高齢者が抱いている不安は将来に対するものです。特に医療・介護を含めた世帯としての生活資金です。年齢だけで対象とする高齢者への優遇は改めなければならないでしょう。

 

高齢社会の主役は誰か

 

高齢社会の主役が高齢者だと考えることが大きな間違いです。いつの社会も社会の中心は生産年齢人口または労働力人口の対象となる人です。本人に働く意思があっても業種・業務によっては労働力として適正でない場合もあります。それを判断するのも高齢者ではありません。

 

では高齢者は社会のお荷物なのかと憤慨することはありません。主役は脇役やエキストラ、裏方という存在がいて主役になるのです。高齢者は社会での立ち位置が変わったと考えるのが適切です。高齢者の人口が多いことが高齢社会の問題だと短絡するのではなく、主役が人口の少ない層に変わったと考えるべきでしょう。

 

 

 

新型コロナ後の高齢社会

 

7月末日には令和2年度版の「高齢社会白書」が発行され、9月から10月にかけて実施される国勢調査の結果が分かるのも1年後の令和3年10月です。国勢調査がインターネットで回答できるにもかかわらず、このスピード感がない原因はどこにあるのでしょうか。

 

紙媒体で回答を行う人が多ければ多いほど国勢調査の集計に時間がかかります。新型コロナの感染者の集計や特別給付金の支給でわかったように旧態依然としている情報系統が問題の根幹にあり、その根幹を変えられないのが過去を背負っている高齢者にあることは疑いの余地がなくなってきました。

 

コロナ後の高齢社会では主役となる人口を生産性の高い業種・業務に配置し、GDPの増強に寄与するようにしなければなりません。すなわち高齢医療、高齢介護への配置は少なくなり、高齢者は医療と介護の庇護の下に入らないように生活を変えなければならないのです。

 

高齢社会への対応は高齢者を弱者として守るように設計されましたが、高齢者が弱者にならないような設計を重視しなければならなかったのです。高齢者の不安である「お金・健康・孤独」も、生涯現役・健康維持・独居生活を人生後半戦のスタートである50歳から啓蒙しトレーニングする必要がありました。

 

高齢社会という人口構造

 

高齢社会は人口構造の形態であり、高齢社会の問題は人口構造の変化へ対応できない社会構造にあります。変化に対応できないのは社会構造の変化に対応しない、対応したくない、対応できない「人」の問題です。

 

問題の根源は高齢者自身にあることを認識しなければ対応も難しいでしょう。少なくとも認知症状が出る前に対応しなければ高齢社会と共に日本の先行きは暗いままになるでしょう。そうならないように対応するかしないかは国民が自分自身の判断によるしかありません。

 

 

    超々高齢社会