人生後半戦の新おとな学 Ver.3

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人生後半戦、新型コロナ後の働き方・暮らし方・生き方

 

新型コロナ後の働き方・暮らし方・生き方|新おとな学Ver.3 snias.com

 

 

人生100年時代の人生後半戦は50年あります。ひと口に人生後半戦と言っても50歳の差は大きすぎます。そこで人生後半戦をさらに50代60代の序盤戦、60代70代の中盤戦、80代以降の終盤戦に分けて考えてみました。

 

私自身は序盤戦の人生後半戦の駆け出しですが、諸先輩のお話を聞くにつけ自分とは違う働き方・暮らし方・生き方を考えていらっしゃるようです。どのお話の良し悪しでもなく優劣でもなく、ご自分の人生観を語る分にはよいのですが、たまに押し付けや説教が始まるのにはうんざりしていしまいます。

 

 

 

 

新型コロナ後の働き方よりも高齢社会の働き方

 

世界中が新型コロナ禍で経済活動が制限されています。少しずつ経済活動を行う兆しが見られるなか、一方では感染者が増えるというジレンマに陥いっています。経済活動は人と人との交流によって生まれるため、ヒトヒト感染による感染者増は避けられません。

 

日本では新型コロナによる死亡者が少ないと賞賛する声もあります。死亡者の多くは高齢者層に偏りがあるのですが、日本はすでに超高齢社会に突入しており高齢者医療と高齢者介護は国民皆保険で行き届いています。高齢者に対する健康面、衛生面での環境づくりが他国よりも先んじていたために死亡者が少なかったのではないかと思います。

 

高齢社会では働いてお金を得る人と働かずにお金を得る人の割合にも偏りがあります。日本人の高齢化率(65歳以上の人口比)は29%を超えていますので、働くことが収入源となっている人と年金が収入源となっている人とのバランスが悪くなっています。

 

さらに年功序列の給与体系を引き摺っていますので、給与所得者は人生後半戦のほうが収入が多くバランスが良くありません。経済活動の主力となる人生前半戦の人が収入を多くするには、単に労働量を増やすだけでは限界があります。

 

日本の労働環境はとかくブラック労働という過重労働・違法労働に目が向きがちですが、その本質は異性蔑視・パワハラに原因があります。「昔は・・」という体質を「これからは・・」という体質に変えることが重要になることを人生後半戦に労働市場へ参加する人は肝に銘じなければなりません。

 

  1. 50代60代の有職者は生産性の高い業種業務に就かないこと、また就く場合はフリーになること
  2. 60代70代は仕事よりも健康に注意し、短期サイクルで小規模の仕事に就くこと
  3. 80代以上はQOLを満たす仕事だけすること 

 

 

 

 

新型コロナ後の暮らし方は家庭が中心に

 

新型コロナで外出自粛が行われたのは自発的な行動ではなく政府・自治体の主導で行われました。また外出自粛による経済活動の減退から収入が少なくなることが予測され、当初は条件付きの生活支援臨時給付金でしたが、国民一律の特別定額給付金になったことは記憶に新しいと思います。

 

当初の条件付き給付金では前述の年金を主たる収入としている高齢者は対象になりませんでした。ところが一律給付金になると年金収入の高齢者も対象となり、預金口座に振り込まれたわけです。給付金が使われない限り銀行の預金口座の残高は増えたままです。銀行が残高として残る給付金の有効な利用を考え、市場にその効果を発揮しなければなりません。

 

また、新型コロナで今まで当たり前だと思っていたことにズレが生じていることが表に出てきました。在宅ワークもそうですし、オンライン会議、オンラインでの授業や医師による問診も可能になってきました。仕事の現場は職場から家庭へ、教育の現場は学校から家庭へ、医療の現場も病院から家庭へと一時的にでも変わったのです。

 

ところが家庭環境は一家団欒を目的としていますから、このような現場の変化への対応はできません。家庭環境を担ってきた主婦にとっても「現場」の急激は変化に対応できないのは想像に難くありません。高齢者だけで暮らしている家庭では大きな変化はなかったでしょうが、高齢者は運動不足という問題が新たに発生してしまいました。

 

日本の家庭環境は「家族で食べて寝る場所」から情報交換の場所、言いかえれば「コミュニケーションの場所」へ変わらなければなりません。茶の間でテレビを囲み新聞を読む場所から、家族各々が学ぶ場所へと変えることが未来の家庭環境となるでしょう。

 

  1.  50代60代はテレビと新聞から離れ、家庭でもパソコン・スマホなどから情報を得ること
  2. 60代70代は老後ではなく未来を学び、未来の生活が老後になることを理解すること
  3. 80代以降は身体と頭脳を少なからず働かせること 

 

 

 

 

新型コロナ後は集団生活から独居生活へ

 

日本には血族・親族・姻族という関係が法律で決まっています。親戚・親類・一族は総称であり厳密な範囲はありません。かつて後者の血縁者は遠距離に住むことは少なく、交通機関が発達してから全国、全世界に広がるようになりました。それでも親戚・親類・一族には共通する先祖という精神的な拠り所がありました。

 

集団生活を送るにはこのような血縁関係から始まり、次第に情報交換の範囲が広がり、共に働き、共に暮らすようになってきました。その中でなんらかの「力」を持つ権力者が現れ、集団生活を営むようになりました。ここまでは動物でも似たような集団生活が見られます。

 

人間の集団生活が異なるのは「決まりごと(ルール)」があることです。文字文化がない民族でも決まりごとはあったでしょう。決まりごとのなかでも「生と死」のルールはどの民族にも特有のものがあります。働き方と暮らし方のルールもあり、この2つは時代と共に変わってきました。

 

新型コロナは集団生活ゆえに感染拡大を起こしました。「集まってみんなで」という考え方と行動様式が一気に崩れたのです。ところが個々で考え行動するという現象は今始まったことではありません。20世紀は個人から集団へのピークを迎え、第二次世界大戦後からは集団から個人へと変わる歴史でした。

 

大家族から核家族へ、核家族からひとり暮らし(独居)へと変わってきたのです。日本の人口構造がピラミッド型から現在のひょうたん型の形状に変わってきたにもかかわらず、集団生活のルールが残っています。人口構造が変われば生活様式も変わる、これは新型コロナによるものではなく見て見ぬふりをしてきた生活様式の変化の始まりだったのです

  1.  50代60代は住宅のあり方をマイホームからマイプレイスに発想を変えて再考すること
  2. 60代70代は集団生活から独居生活の移行を考えること
  3. 80代以降は生きる場所を考えること 

 

 

 

人生後半戦は年齢では分類できない

 

人生後半戦になると持病や体力の衰えの1つや2つはあるものです。私は50歳で初めてメガネを利用するようになりました。視力の衰えは視覚の衰えにも繋がるように、肉体的な衰えに加えて感覚的な衰えも出てきます。視覚・聴覚・味覚・臭覚・触覚、どの感覚も少しずつ衰えてきます。

 

これらの衰えの始まりは一定の年齢になると始まるものではありません。体だけではなく頭も衰えてきます。思考力の衰えは記憶力の衰えから始まり、計算力、空間認識力などに顕著に現れます。50代から衰えを感じる人もいれば、70代でもまだ若いものには負けないと意気衝天の方もいらっしゃいます、が、自分が思ってるほど他人はそうは思ってもいません。逆にそれが分からないのが70代の特徴かもしれません。

 

人生後半銭はいつから序盤戦が始まるというのではなく、突然に序盤戦が訪れ、あっと言う間に中盤戦まで進行してしまうかもしれませんし、序盤戦を飛ばしていきなり中盤戦が始まるかもしれないのです。それぞれのステージの心の準備はしておいたほうが良いでしょう。

 

 

人生は死ぬ直前まで何が起こるかわからない

 

人生後半戦を50代60代・60代70代・80代以降の3つのステージに分けて考えてみました。異論はあってもいつか死ぬことは避けられません。死ぬまでが人生であって、何歳でも人生を考えることは必要です。ただし人生後半戦は前半戦よりも確実に死に近いのです。

 

死ぬ間際に思うのは「自分はこれで死ぬんだ」と意識する人と意識できぬままに死ぬ人がいると思います。私は心筋梗塞を起こしたときに「自分はこれで死ぬんだ」と思いました。後悔とか良い人生だったとか考える時間はありませんでした。生きているうちに考えるだけは考えておいた方がいい、そう私は思います。

 

「今のところ自分の人生は・・・」と。